「時は金なり」を、実験室にて痛感したという話
「時は金なり」って言いますよね。これは、アメリカ合衆国の父たるベンジャミン・フランクリンの言葉だそうです。日本の言葉じゃないんですね。初めて知りました。
さて、今週から本格的にマインツ大学にて実験を始めたのですが、その中で、ラボの文化・思想が日本とは全然違うなと感じました。そして、タイトルにある「時は金なり」という言葉を肌で感じた、ということについて、かなり長い上に有機化学の内輪ネタ満載になるのですが、書いていきたいと思います。
- あれもこれも使い捨て!本当にいいんかお前ら!?
- あれもこれも使い捨て……のほうが良いのかもしれない
- 洗い物は自動洗浄機
- 使い捨て・自動化はお金がかかる
- 「時は金なり」 - だから、使い捨て・自動化する
- まとめ
あれもこれも使い捨て!本当にいいんかお前ら!?
まずびっくりしたのが、いろんなものが使い捨てであるということです。上の写真は使い捨てのシリンジ*1です。
また、ニードル*2ももちろん使い捨てです。これは日本でも所々そうですが、見たことのない長さのものが揃っています。
ちょいちょいっと試薬をとったら、そのままゴミ箱にポイ。難しいことは何も考えなくていい……という素晴らしい仕組みです。
ポリマーを合成した後は、たいてい再沈殿*3で精製します。そして沈殿したポリマーは遠心分離で回収*4します。この時、日本では分厚いガラスの遠心管*5を使いまわしているのですが、こちらではプラの使い捨て容器を使います。使い方は普通の遠心管と同じです。そのままサンプルを保管する容器にもなるので、楽ちんですね。
ちなみにですが、これはもともとバイオの人たちがDNAやタンパク質を精製するときに常用していたものらしいのです。が、わたしの所属してるラボのようなごりごりの合成系でも便利に使えるよ!ということですね。
あれもこれも使い捨て……のほうが良いのかもしれない
ガラス器具の宿命
当たり前ですが、ガラスって落としたら割れますよね。割れた破片は当然、刺さったり切ったりして危ないです。普通に実験していても「ビーカー落として指切っちゃった」「割れたフラスコの破片でケガしちゃった」「試験管折って刺さっちゃった」なんていうような、ガラスが原因の事故はかなりの確率で起こります。
他にも、ガラスでできた器具を扱う場合「ガラスシリンジ、前に使った人がきちんと洗っていなかったせいでコンタミ*6して、合成計画が全てパーになった」「遠心分離してる最中、装置のなかでガラスの遠心管が粉々になって、貴重なサンプルが全てオジャンになった……」なんてこと、たまにありますよね。当然死にたくなります。
使い捨てのいいところ
ところが使い捨ての器具はどうでしょうか。使い捨ての器具はたいていプラスチック製なので、落としてもぶつけても割れません。ですので、基本的に切ったり刺さったりしません。とても扱いやすく安全です。
また、これも当たり前ですが使い捨て器具は常に新品です。ということで、コンタミは起こりようがありません。また「洗ってないのはどこのドイツだ!*7」……といった犯人探しをして、ラボの雰囲気が気まずくなることもありません。誰も悩まない。皆が幸せになれる。素晴らしいことです。
洗い物は自動洗浄機
また、洗い物も楽ちんすぎて笑えます。アセトン*8などで大まかに汚れを落としたら、あとは自動洗浄機に突っ込んで終わりです。90℃の熱水がブァーっと降り注ぎます。40分くらいしたら洗い終わります。無論、こびりついて落ちない汚れは手で洗うのですが、目立った汚れのない洗い物は全部これでキレイになります。むしろ手でやるよりもキレイになってると思います。
「はぁ〜。やっとカラム*9終わった……。エバポ*10かけてる間に洗い物しなきゃいけない……やる気でない……死にたい……。」なんてシチュエーションでも、
並べて、ボタンを押したら終わりです。わたしは意識低いので、洗い物がイヤすぎて実験するのが嫌いだったんですが、これだけ楽だったらいっぱい合成してやろうじゃねえか!って気になってます。洗浄機、すごいですね。
使い捨て・自動化はお金がかかる
「使い捨てる」にはお金がかかる
と、ここまで読んでいただいた方は「使い捨ていいじゃん!なんでみんなやらないの?」という感想を抱くと思います。しかしながら、使い捨ての器具は再利用できないので、基本的に高くつきます。だから、時間を惜しんででも洗って使いまわすんですよね。わたしはただのヒラのM2なので先生方の懐事情がどうなのかはよく分かりませんが「学生が時間を惜しんでやってくれるなら、安く上がるので良い」と考えるのも納得できます。
もちろん「自動化」にもお金がかかる
先程自慢した自動洗浄機ですが、当然高いです。というのも、本体が高いだけでなく、電気代、水道代、メンテナンス費用……といったランニングコストも重くのしかかることでしょう。自動化についても同様なわけですね。「学生が時間を惜しんでやってくれるなら、安く上がるので良い」ということ。もちろんその通りです。
「時は金なり」 - だから、使い捨て・自動化する
ここまで読んで「結局、金持ちだからラクできるんでしょ?」と考えたあなたはとても頭がいいので、私と友達になりましょう。
確かに「お金があるからできる」という見方もできます。しかし、ここで一旦、タイトルにある「時は金なり」という言葉を考えてみましょう。難しいことではありません。
Time = Money, すなわちMoney = Time
という単純なことです。
確かに時間をかければお金を使わずに済みます。けれどもどうでしょう。使った時間はどう頑張っても帰ってきません。「洗い物に費やす時間で別の実験をしていたら、もっと良いデータが出せたかもしれない」「洗い物が楽だったらもっとやる気出して実験したのに」というように、時間を使うということは即ち良い研究をするためのチャンスを失う、ということに繋がりかねないのです。
つまり、ここでいうMoneyとは、
- 「良いデータ」
もしかすると
- 「良い論文」
究極的には
- 「良い研究」
に等価なのです。
だからこそ、お金と時間の両方をじっくり考える必要があるわけです。これって至極当然のことなのですが、いささか日本のラボでは、お金と等価なはずの時間を軽視してる傾向があると感じます。NMRチューブは使いまわそう、シリンジは使い捨てにしよう、自動洗浄機を導入するかどうか……などなど。検討することって、いっぱいありますよね。もっと時間を大切にしてみませんか?
とまあ、上に書いたことは洗い物したくないから自動洗浄機とディスポのシリンジ買ってくれという意識の低さがゆえに論理が人工衛星並に飛躍しているのですが、今週実験をしている間に数々の使い捨て・自動化を見て、これまで日本にいた間は「時間を大切にするという意識が欠落していた」と気付かされ、これからは「時は金なり」を肝に銘じて生きていこう、と思いました。
まとめ
- シリンジと遠心管が使い捨てだと実験がとても捗る
- 自動洗浄機があると実験がとても捗る
- しかしながら使い捨て・自動化はお金がかかる
- しかしながら時は金なりである
- ゆえに両者を天秤にかけ、判断することが肝要である
- 日本に帰って実験したくない
もしもこのブログを見ている大学の先生がいましたら(いるわけないと思いますが)「しょせん学生のタダ働きだからええやん」というのも確かにその通りなのですが、学生さんの顔、死んでませんか?科研費に余裕があったら、洗い物をラクにしてあげたらいいと思います、というわけでした。
長くてすみません。
ありがとうございました。
*1:注射器です。有機化学者は試薬をはかるときに必ずこれを使います
*2:注射針
*3:豆乳とにがりを混ぜると豆腐になる - という現象に似た原理でポリマーを回収します
*4:とても早いスピード(だいたい1秒あたり3000回転以上)でグルグル回す。すると溶液中の細かい粒子が沈んで回収可能になる
*5:高速の回転に耐えうる器具
*6:不純物が混入してしまうこと
*7:国名の「ドイツ」と「誰」の「どいつ」をかけた高度なギャグ
*8:一般的には除光液が有名か。わりとなんでも溶かすので有機化学者は器具の洗浄によく使う
*9:合成した化合物を精製する作業。非常に面倒くさい
*10:エバポレーター、またはエバポレーション。高速で溶媒を蒸発させる装置・作業のこと。カラムの後にやる。まとまった時間ヒマになる。